大相撲は不思議なもので,実際に見に行くと,外国人力士も日本人力士も関係なくなるのです。そして,だれが勝とうと負けようと,熱戦であれば堪能できます。
それがテレビで見ているだけだと,だれが勝ったか負けたかだけが気になるのです。
何事もそうですが,そういう意味では,大相撲も,見に行くほうがずっと楽しいものです。
私は,昨年,春の大阪に始まって,夏の名古屋も秋の九州も,地方場所はすべて行ったことになります。
これまでにも書いたように,九州は体育館がせまく設備が悪いのがかなりのデメリットです。博多という町は大阪とともにとても素敵なところで,何もない名古屋とは違います。九州場所の不入りは,体育館の場所が不便という意見がありますが,私は,それだけでないように思います。地方場所では,大阪は全く申し分ない立地であり,とても見やすい体育館です。
私のように,大阪に住んでいない者にとって,日本の中でここはかなり異質な都会に思えます。そしてまた,「きた」と「みなみ」の様子はかなり違います。
この大阪府立体育会館がある「みなみ」の場所は,難波駅の地下街の5番出口を出て,そのまま高速道路のガード下の道を5分ほど歩いてマクドナルドのある角を右手に折れると見えてくるのですが,はじめて行くとかなり迷います。まず,難波駅の地下街に表示がないのです。
案内板にはかろうじて「大阪府立体育会館」というのが見つかります。「大阪府立体育会館」は正式名すら定かでないのです。確か「エディオンアリーナ大阪」とかいうのですが,そんな表示はどこにも見かけません。こんなしゃらくさい名前でなく「エディオン大阪府立体育会館」でいいんです。本当に,日本人は馬鹿な発想をしますね。企業の利己主義なんです。こんな名前をつけてエディオンは企業イメージが上がるとでも思っているのでしょうか。
大阪「みなみ」には,その昔,名将・鶴岡一人監督率いる南海ホークスというパリーグの強豪チームがあって,私には,今でもそのイメージが強いのですが,その本拠地であった大阪球場のあたりは再開発されてしまって,今や,どこがどこなのか,よく分かりません。
さらに南に歩いていけば昔の町の様子のままなのですが,そのさらに南にある通天閣は,今や若者に人気の観光名所であり,「二度漬け禁止」(英訳は「No Double Dippig」です)で有名になった串カツの店が賑やかに軒を並べています。もともとこのあたり,かなり怪しい雰囲気だったのですが,今や,若い女性がそんなことも知らず歩きまわっています。
しかし,さらに南に,国道43号を渡って「動物園前1番街」のアーケード街あたりまで行くと,その怪しさが未だ健在です。日雇い労働者が多く住む西成や,さらには,飛田新地という知る人ぞ知るディープなゾーンがあって,ジャンジャン横丁なんて,本来は,その花街に向かう男たちの飲み屋街だったところです。
今でも,夜になると,シャッターの降りた商店街のアーケードの下で野宿している人もいるし,決して安くもないのに日銭を使って酒を煽りながらカラオケに興じている人もいます。そして,新地では,必死に笑顔を見せて客を寄せている若い女性が座っていて,それを目当ての男たちが歩いています。
こういうのを見ると,日本は,表面上は先進国を気取りながらも,その実際は毎日を必死に生活している人が住む発展途上国だと,私は思います。そして,行政もそういう公然たる事実を知っているのに知らないふりをして振る舞っている不思議な国です。
本当に,人が生きるというのは,いろんな意味で,並大抵のことではありません。
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浪速の春の大相撲観戦⑤-入口は力士の人柄がよくわかる所
今日の1番目から4番目はの写真は,私が見に行った17日の前日,16日のものです。
私は,16日の朝自宅を出て,京都市美術館でモネ展を見て,石清水八幡宮へ行ってから,大阪に来ました。
これらの写真は,ホテルに行く途中で立ち寄った大阪府立体育会館の前で写したものです。
時刻は3時過ぎで,体育館の前は,力士の場所入りを見ようと大勢の人で溢れていました。
もうこの時刻は,ほとんどの力士は到着してしまっているはずなので,どうしてかな,と思ったのですが,あとでわかったことは,3番目の写真のように横綱白鵬が来るのがすごく遅くて,十両の取り組みが3分の2も終わったころにやっと到着したので,それまで,このように,規制ができていたというわけでした。
近年は,ファンサービスで,力士が体育館に入るのは玄関と決められているらしいので,ここで待っていればすべての力士を見ることができます。帰りはめいめいで,裏口から帰ってしまう力士もいるということですが,それでも玄関で帰りを待っていると,気軽に写真を写したり,サインをもらえたりするので,それを待ち構えているファンもいます。
また,出番を終えた力士が,写真のように集まって話をしている様子は,まるで,下校時刻に校門にたむろしている学生と変わりありません。
こうした姿を見ていると,力士の人柄がよくわかります。テレビで相撲を取っているのを見ていてもわからない好印象を抱く力士も大勢います。また,その反対の場合もあります。
玉垣親方(現役名・智ノ花)が出てきました。高校の教師から相撲界に入った異色の力士でした。ファンの一人がサインを頼むと,俺は現役でないという照れ臭そうな表情だったのですが嬉しそうでした。
力士も,こうして親方になって相撲界に残れるのなら定年まで食うのに困るわけでないからいい商売なのでしょうか? 特に近頃は,外国籍の力士が多く,彼らは親方になれないので,日本国籍の力士が親方になるのも少しは間口が広そうです。
人の生き方にルールはありませんからなんともいえませんが,安定という意味では,スポーツは割が合いません。超一流まで上り詰められればいいのですが,それは少数。だから,相撲に限らず,引退した後が大変だなあと,私はそんなことを考えてしまいます。
私の近くにパンフレットを片手にサインを集めている人がいたのですが,彼の話では,お相撲さんは愛想がいいけど野球選手はダメだといっていました。
私が思うに,日本のプロ野球選手は若いころから野球エリートだからそういう態度になるのでしょう。しかし,多くの選手は30歳を過ぎたら野球界に残れず第二の人生を歩むことになるから,そのときまでにいかによい人脈を築いておくかだと思うので,そんなことではだめだと思うのは,年寄りの冷水でしょうか。
今,日本のプロ野球をスキャンダルが覆っていますが,数年前の相撲界も同様で,こうした閉鎖社会で何かよからぬことが万延したときに,それに染まらず生きるというのも,また,難しいものでしょう。それは別にスポーツ界だけのこととは限りません。
人が生きるのはどんな社会でも自己がきちんとしていないと大変なものです。
ここで,少し余談です。
ここまで書いてきて私が思い出した別の話は,携帯電話が世の中に出てきたころのことです。
当時,携帯電話を持っていたのはマスコミ関係者くらいのものでしたが,そのマナーの悪かったこと。お相撲をやっている体育館の館内には,ひっきりなしに電話がかかってその呼び出し音だらけでした。
そしてまた,タバコも同様でした。館内で喫煙が許されていた頃,マス席全体は完全に煙っていて,もうもうとした煙の中で相撲を取っているようなものでした。私は,マス席など絶対座りたくないと思っていました。イス席は禁煙でしたが,そんなことお構いなしの,これもまたマスコミ関係者が喫煙をしていて,それを注意した外国人と険悪になったりしていました。
そんな話は,どこにも書かれていませんが,事実です。そして,これがこの国の実態でした。その頃に比べたら,今はずいぶんとマシです。
それはそうと,ここ大阪府立体育会館の素晴らしいのは,5番目の写真にあるように,全ての座席に立派な座布団が用意されていることです。名古屋や九州にはありません。すでに書きましたが,九州は,マス席さえ座布団がありません。それで1日楽しめというのはかなり無理があります。
さらに,大阪には車イスの人が楽しむための観戦スペースもあります。名古屋や九州など,エレベータさえありません。
また,名古屋にもありますが,当然,大阪にもレストランがあります。私は,昨年,このレストランで,今は亡き北の湖理事長と偶然遭遇して,ツーショットを写すことができました。
大阪は,朝から体育館に行っても,退屈することなく,終日楽しむことができるところがたくさんあります。
しかし,最大の難点は,階段が非常にわかりにくいことです。設計が凝りすぎで,登ったり降りたり曲がったりと,一度行ったくらいでは把握できません。何か災害でもあれば,悲惨なことになってしまうでしょう。
浪速の春の大相撲観戦④-2016年もすごい盛り上がり
今年も春場所がやって来ました。
昨年抽選が当たって初めて春場所を見たとき「大相撲を見るなら大阪に限る」と,それ以来ずっと心待ちにしていました。昨年は千秋楽を大阪でも九州でも見たので,今回は3月17日の5日目にしました。
それにしてもすごい人気で,前売りチケットは全て完売,1番めの写真のような掲示がありました。
残った当日券を手に入れるために,午前8時前にはすでに2番目の写真のように長蛇の列ができていました。前売りの列はすでに100メートルを超えていて体育館の外周を取り巻いていましたが,そんなに並んだって買えるわけがありません。並んでいる人の多くが外国人で,ネットには平日なら買えると書いてあったのに… と言っていました。
開場は8時30分なのに,今度は,チケットを手に入れた人が,開場を待って,これもまた,長蛇の列を作っていました。
大相撲は,入門するとまず,前相撲というのを取ります。そして,晴れて入門が許されると,翌場所から番付の序ノ口に名前が載ります。
前相撲は通常は3日目から行われるのですが,入門者の多いこの春場所は2日目からで,5日目までに2勝したものが一番出世,8日目までで2番出世,それ以降が3番出世,たとえ1番も勝てなくとも出世することができます。
この前相撲は取り組み前に非公開で行われていて,家族の人だけが見るのを許されているのですが,そうした許された家族の人が8時15分から入れるということで,これもまた別の列を作っていました。
私は,8時30分の開場と同時に中に入りました。
前相撲といっても,春場所は人数が多く,今場所は確か48人もいるそうです。
人数が多いので,私が中に入ったときには,まだ前相撲が終わっていなくて,3番目の写真のように,家族でもないのに,念願の前相撲も見ることができました。
4番目の写真の「舛ノ山」を覚えておいででしょうか? 取り組みが終わったあとで,息もできないくらい苦しそうにしていた力士です。
開始早々からすごい観客だったのですが,そんな観客が,彼の登場で大いに沸きました。なんとケガで長期の休場をして序二段まで陥落,朝の10時前には登場してきたのです。
相撲自体は全く格が違うという感じでしたが,ここから,また,這い上がらなくてはなりません。
下がるのは早くても,上がるのは大変です。
17日は5日目ということで,三段目の取り組みの途中に,前相撲ですでに2勝を上げた力士の卵たちが「一番出世」の披露をしました。それが5番目の写真です。
口上を読みあげる行司さんもまた入門したてで,全てが初々しく胸を打つものがあり,素晴らしかったのですが,その後の苦労を考えると,私は,これからが大変だなあ,とも思ってしまいました。
相撲社会に限らず,生きていくのは簡単なことではありませんが,私は,こういう世界を見ると,そうした人生の縮図を見ているようにように思えて,何か,楽しみを通り越してしまいます。特に,大阪という場所がそれをさらに助長するのですが,そのわけは,また,いずれ書くことになると思います。
やがて,だんたんと取り組みも上位になって,私が大相撲キャラクターの「ひよの山」とツーショットを撮ったりしているうちに,館内は異様な熱気に包まれてきました。
浪速の春の大相撲観戦③-アホの坂田師匠と神送りの儀式
席に着いたら,隣に,キヤノンの一眼レフに200~400ミリのズームレンズで写真を写していた男の人がいました。私は,大阪は見やすくていいですね,と言ったら,でも座席がせまいでしょう? と言われました。いや,全く狭くないのです。名古屋の方がうんとひどい。大阪はイス席にもすべて座布団がついているけれど,名古屋は駅のイスみたいで,あんなところに何時間も座っているとお尻が痛くなるのです。ちなみに,東京は,イス席でもランクによって大きさが違いますし,いちばんうしろなんて,ものすごく遠いです。当然,イスはクッションがついています。
お相撲自体は,テレビで放映されましたから,ここでは省略します。ともかく,ものすごい盛り上がりでした。特に,地元出身の勢関はすごい人気でした。豪栄道関は気の毒で,観客は優勝決定戦が見たいから,この日だけは照の富士の声援ばかりでした。そして,横綱対決は,一番声援のあったのが,「庄之助」でした。
37代木村庄之助は,この場所9日目に定年の満65歳を迎え,本来ならば前日の中日が最後の捌きでしたが規定の改正により千秋楽をもって停年により引退となったので,この日が最後,終了後,花道で花束が贈られていました。
取組後の表彰式,これを最後まで見るのが今回の目的でした。
ものすごい数の表彰があって,最後が「吉本興業賞」。そこで土俵に登場したのが,アホの坂田こと,坂田利夫師匠。吉本興業阪本部所属のお笑い芸人です。芸名は将棋棋士の阪田三吉に由来しますが,将棋は苦手なのだそうです。
そのころには観客のほとんどは,帰ってしまったか,優勝パレードを見に行ってしまって,残り少ない人たちが「アホ」と声援を送っていました。まあ,なんと大阪らしいというか,素敵ですね。
そのあと,三賞の授与式があって,最後が,「出世力士手打式」に続いて「神送りの儀式」です。
「出世力士手打式」,出世力士,つまり今場所で入門した力士が登場して,観客も起立します。
まず,出世披露を受けた力士にお神酒を振舞われ,若者頭,世話人らとともに三本締めを行います。そして,「神送りの儀式」となります。この儀式は,初日前日の土俵祭に対応するもので,土俵祭によって神が宿り結界となった土俵を,この儀式によって結界を解きふつうの場所にもどす意味合いがあります。
テレビで最後まで放送していたころは,勝負審判が胴上げされていたのを私は見ていました。その後,それを嫌がった某審判が行司に変更すると提案して,現在では行司が胴上げされている… というのは知っていたのですが,それを実際に見にいったというわけでした。
大阪場所は出世力士が多いので,この儀式が華やかなのです。
そして,すべてが終了したのち,呼び出しが,土俵祭りで土俵の中央にお供えして埋められた日本酒,米,塩を取り出し,大屋根が降ろされて,大屋根に取りつけられた房と水引が取り外されて,終了という段取りになりました。
千秋楽のチケットを幸運にも手に入れられた方は,ぜひ,ここまでご覧ください。隣で見ていた写真を写していた人も,こういう儀式があることを知らず,最後まで見るといいと話しておいたので,その時間までいて感動していました。こうした儀式を見ると,お相撲がスポーツではなく神事であるということが実感されることと思います。
これが日本という国のひとつの文化です。
浪速の春の大相撲観戦②-大阪場所は最高だった。
大相撲,東京と名古屋はよく見にいくのですが,大阪にははじめて行きました。
大阪場所ならではのよさは,3月,新しく相撲界に入った力士が多く,前相撲をたくさん見ることができることです。しかし,千秋楽には前相撲はありません。だから,千秋楽のチケットが買えなかったら,前相撲のある3日目あたりに行こうと思っていました。
私がわざわざ見にいきたいのは,テレビではやらない,足を運ばなければ見ることができないことを見るためなのです。
はじめに結論を言うと,大阪場所,最高でした。九州に行ったことはないのですべての比較はできませんが,名古屋とは比較にならず,東京よりも楽しめます。すっかり気に入った私は,今後は大阪場所に行くことに決めました。
近鉄の難波駅から会場の「ボディーメーカーコロシアム(大阪府立体育館)」に歩きましたが,道路のところどころに会場までの経路が表示してあって,しかも,お相撲さんが歩いていたので,あとを追いて徒歩で約10分,問題なく会場まで行くことができました。
千秋楽は,10時過ぎと取組開始が遅いのですが,到着した9時半頃には,すでに場内に入ることができました。とりあえず,自分の座席(イス席)まで案内してもらいました。会場は名古屋より狭く,というかイス席が土俵に近くて見やすく,内装はずっと豪華でした。電光掲示板の豪華さも,名古屋と比較になりません。開始前なのに,すでにけっこうなお客さんがいました。開始前の場内は,相撲甚句が流れています。とりあえず,体育館内を一周してみました。インタビュールームやら,行事部屋やらが通路に面していて,お客さんの歩くところと力士や行司さんや呼び出しさんの歩くところが同じなのにびっくりしました。
やがて取組開始。まだ席がたくさん空いているので,正面のイス席に行って,写真を写していると,「おおさかのおばちゃん」がいて,いろいろと教えてくれました。端的に言うと,大阪はお相撲さんを身近にみることができる場所がたくさんあるということでした。近くに座っていた女性の方ともたくさんお話ができ,いろいろと案内をしていただき,楽しく観戦することが出来ました。この場でお礼を申し上げます。
十両の土俵入りの前後に,幕内力士が場所入りするけれど,入口は一般のお客さんと同じところだから,一度だけ可能な再入場制度を利用して,外でお相撲さんの場所入りを見たらいい,と言われました。その後は,館内に戻り,花道と支度部屋に続く通路で待っていると,身近にお相撲さんが通るから東か西を決めてそれを見るといいということでした。今日は,東方に注目力士がたくさんいるから,私は東方の支度部屋の前に行くことにしました。
しばらくお相撲を見て,お昼を食べに地下にある食堂に行きました。なかに入ると,北の湖理事長がみえました。近くに席が空いていたので,そこに座って恐る恐る写真をお願いすると快諾していただけたので,ツーショットを写しました。食後は,会場のロビーで引退されたばかりの豊真将さんが買った手ぬぐいにサインをしていただけるということだったので,手ぬぐいを購入して,サインと写真をお願いしましました。会場にはほかにも,いろんなイベントをやっていました。
そのあとは,教えてもらった通りに,一旦外に出て,力士の場所入りを見ました。力士ではないけれど,サンコンさんも歩いてきました。待っているとほとんどの力士を本当に目の前で身近にみることができました。近くで見るとデカイですねえ。やがて最後に来るという白鵬が入ったので,私も館内に戻り,今度は通路で力士の出を待ちました。
ちょうど桝ノ山が帰るところで「頑張れ」と声をかけたら「ハイ」と返事がありました。この日は千秋楽なので,協会ご挨拶で土俵に向かう理事長と三役力士を見て,その後,土俵入りの力士をすべて目の前で見ることができました。それから自分の座席に初めて行って,横綱の土俵入りからは,いよいよお相撲の観戦です。館内は満員,すごい熱気でした。
浪速の春の大相撲観戦①-人気の源流を探る。
相撲人気復活だそうです。私も,大相撲の「千秋楽」をナマで見たくなって,初めて大阪場所に足を運びました。
気楽にチケットを買おうと思ったのですが,なんと,抽選! そして,めでたく当選したというわけでした。
昔は,といっても,本当に遙か昔は,千秋楽のテレビの大相撲中継は最後の最後まで中継をしていて,「神送りの儀式」-そんな儀式があるのも多くの人はご存じないでしょう!- まで見ることができたのですが,今は,それを見る機会もなくなってしまいました。また,ついぞ「千秋楽」の大相撲を40年以上ナマで見ていなかったので,何とかみたいものだと思い,チケットを購入することにしたのです。
観戦記は次回書くことにして,きょうは昔話です…。
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私は,かれこれ半世紀,お相撲を見てきました。そのはじめは「栃若」でした。
「栃若」といっても,栃錦を見た記憶はないのですが,若乃花は,枡席で見た明確な記憶があります。不思議なものです。そうそう,親方だったころの双葉山や千代の山も生で見たことがあります!
そのあとの「柏鵬」 -白鵬ではありません- は,とてもよく覚えています。私が初めてファンになったのが柏戸です。柏戸という横綱は,勝っても負けて土俵から落ちていくのでケガが多く,見ていていつもハラハラしました。相手がだれてあっても常に負ける可能性があって,安心してみていられない,今の稀勢の里のようなものでした。子供心に,柏戸の取組が始まると心臓がいつもドキドキするので,自分の体が壊れたかと思っていました。
柏戸の晩年から引退後のしばらくの間は,つまらない(といわれた)大鵬の一人舞台で,相撲人気は衰えていましたが,「北玉」つまり北の富士と玉の海が横綱となったあたりは,また,活況を呈し,私には最も面白い時代でした。中でも北の富士はかっこよく,しかし,腰高でもろく,玉の海急死の後の一人横綱を背負って立つにはあまりにその責任が重すぎました。
その次の「輪湖」,つまり,輪島と北の湖の時代は玄人受けしても,相撲はワンパターンで水入りばかりでした。
そして,訪れたのが,千代の富士です。
千代の富士は強いのだけれど,体の小ささからもろく負けることがあったので,逆に人気があって,私は,強いというものがいつも嫌いなのだけれど,唯一,千代の富士だけは例外でした。千代の富士は,その入門以来とてもよく知っていたのですが,あの小さな青年がまさか大横綱になるとは当時は思いもしませんでした。
そして,そのあとの貴乃花の頃からの相撲にはさほど興味がなく,現在に至っているのです。
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誰も思ってはいても口に出さないけれど,現在の大相撲は「あの」大横綱がいなければ,毎場所誰が優勝するかわからないから,もっと,優勝争いに興味がわくのでしょうが,どうやら,現在の相撲人気は,誰が優勝するかというようなことは,どうでもよくなっているのだと思います。その意味では,これまでとは全く異質の相撲人気だと言えるでしょう。実際に見に行くと,お客さんの目が肥えていて,面白い相撲でなければ,そっぽを向きます。
私は,ずっと,相撲を見に行くのなら,はじめから見るべきだと思っています。だから,相撲を見に行くときは,朝の9時前には出かけます。このことは,MLBを見に行くときも同じですが,実際に見に行くというのは,その全体の雰囲気を味わうためなので,勝負の結果は,結局のところ,たいした意味を持っていないかもしれません。
それより熱戦が期待です。






























