横倉山自然の森博物館の見学を終えてから受付で聞いてみると,私のめざす杉原神社は,横倉山自然の森博物館の横の道路をどんどんと上っていくと駐車場があって,その一番上の第3駐車場に車を停めて,そこから20分程度歩くということでした。私は,駐車場に車を停めたらすぐと思っていたので,それを聞いただけでめげましたが,ここまで来た以上,行くしかありません。
第3駐車場までもまた,かなりの距離と標高があって驚きました。とても歩いて登れるものではありません。やがて,広い駐車場に着いたのですが,ほかに車は見当たりませんでした。そこから杉原神社へ行く道があるということなのですが,それが見当たりません。掲示されていた地図と見比べると,「安徳天皇陵墓参考地」と書かれた鳥居の先だと気づきました。それにしても,杉原神社という案内があってもいいのに,と思いました。
山の中の道をずいぶんと歩いて行くと,やがて,杉原神社が見えてきました。そこは「らんまん」で見たものと同じでした。それにしても,テレビのロケでも,ここまで来るには山道を歩くしか方法はないわけで,役者さんは大変だなあ,と思いました。
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標高800メートルの横倉山は800年以上の昔から土佐の国唯一の修験道の霊場として神聖な地とされてきました。樹齢約500年から600年の巨杉が多いことからその名になった杉原神社は平家の守護神である熊野権現を祀っていて,1897年(明治30年)ごろに改築された本殿周囲の彫刻は精巧でみどころのひとつとなっています。
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平家の守護神というのは,前回書いたように,この地に,81代安徳天皇が難を逃れ,横倉山に落ち延び,病によってこの地で1200年(正治2年)に23歳で亡くなったという伝説から来るものです。
そこで,かつて,臣下の者と共に鞠を興じた土地に「安徳天皇陵墓参考地」があるということですし,また,随伴した88名の将を祀る祠や墓がひとつにまとめられて杉原神社のわきに祀られた平家之宮がありました。
「安徳天皇陵墓参考地」は杉原神社からさらに20分ほど行った先,すでにめげていたことと,私は,このような迷信話には興味がない,という言い訳をして,「安徳天皇陵墓参考地」には足を延ばしませんでした。
さて,2泊3日の今回の旅の1泊目は高知市内にしてありました。宿泊先は,教職員共済組合の高知会館。温泉地にしようかとも思いましたが,8月に行った隠岐諸島で,ご馳走を食べすぎて少々食傷気味だったこともあって,安価に泊れればいいや,として選んだものでした。この商売っ気のない宿泊先は,宿泊者もほとんどおらず,それはそれで気楽で悪くないものでした。
夜は,高知市内の繁華街に出かけようと思っていたのですが,めんどうになって,高知会館にあったレストランにしました。広いレストランだったのに,客は私ひとり。こういうの,とてもいいです。
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「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは



















































