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私は大学で物理学を学んだし,もともと宇宙に興味があったから,若いころは,自然科学というのは宇宙が作られたその仕組みを解き明かすすばらしい学問だという想いを強くもっていました。その学問的な意義は今も変わらずすばらしいと思います。しかし,宇宙が作られたその仕組みを解き明かすと思っていた私の気持ちは大いなる誤解でした。歳をとって,そう思うようになりました。
たとえば,次のようです。
1個100円のリンゴと1個60円のミカンがあったとします。これをそれぞれ1個ずつ,合計2個買ったとき,100+60=160だから,払うのは160円です。どうして足すのかというと「それが原理だから」ということばで片づけてしまうのが物理学なのであって,つまり,何も語っていないのです。
ところが,あるお店だと,なんらかの割引があって150円で買うことができるとします。
このとき,どうして150円でいいのか,それを探り,無理やり理屈を作るわけです。たとえば,150円以上なら10円引きとか何とか,知る範囲の事実から適当な理論を編み出すわけです。そして,作り出した理論に基づいて,他の場合に当てはめて買い物をして,その理論どおりの値段になれば,それが正しい理論,というわけです。
もうひとつの例を書きましょう。
物理学というのは,将棋の駒の動かし方やルールを知らない人が対局の棋譜を何万局,何億局と分析して,ルールや駒の動かし方を調べるようなものです。そして,たとえば桂馬の動かし方をみつけたとします。そして,どうして桂馬はそういう動かし方をするのかと問えば,「それが原理だから」と答える,そんなものです。
物理学というのは,こうしたことを繰り返しているだけのことなのです。つまり,どこかに正しくない理論があるかもしれない,しかし,それが今は正しいとされているのかもしれないわけです。
ある一般者向けの物理学の講演会があって,その最後の質疑応答で,「どうして学者さんはそんなに自信をもって宇宙の年齢は138憶年だ,とかいうように断定できるのですか?」という質問をした人がいました。その答えは「それに対してあなたは反例が言えるのですか? もし言えるのならそれはそれで立派な理論だから一緒に研究しましょう」でしたが,それでは答えになっていません。
そんなことは「悪魔の証明」と同じです。
「悪魔の証明」(probatio diabolica=devil's proof)というのは,証明することが不可能か非常に困難な事象を悪魔に例えたものをいいます。中世ヨーロッパのローマ法の下での法学者らが,土地や物品等の所有権が誰に帰属するのか過去に遡って証明することの困難さを比喩的に表現した言葉が由来です。
しかし,現在,ダークマターだのダークエネルギーだのと名前だけは立派でも,実際には,宇宙全体のエネルギーにおいて,そこに占めるダークマターの割合は22パーセント,ダークエネルギーは74パーセントもあって,バリオンとよばれるふつうの物質は全体のたった4パーセントに過ぎないといわれ,つまり,宇宙のエネルギーの96パーセントが何なのがわからないのです。
その理由は,ひょっとしたら,現在正しいとされている理論が本質的に何か間違っているからなのかもしれません。
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「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは


