しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場・47都道府県を制覇し,南天・皆既日食・オーロラ,空の3大願望を達成した「不良老人」の日記

タグ:物理学

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 私は大学で物理学を学んだし,もともと宇宙に興味があったから,若いころは,自然科学というのは宇宙が作られたその仕組みを解き明かすすばらしい学問だという想いを強くもっていました。その学問的な意義は今も変わらずすばらしいと思います。しかし,宇宙が作られたその仕組みを解き明かすと思っていた私の気持ちは大いなる誤解でした。歳をとって,そう思うようになりました。
 たとえば,次のようです。
 1個100円のリンゴと1個60円のミカンがあったとします。これをそれぞれ1個ずつ,合計2個買ったとき,100+60=160だから,払うのは160円です。どうして足すのかというと「それが原理だから」ということばで片づけてしまうのが物理学なのであって,つまり,何も語っていないのです。
 ところが,あるお店だと,なんらかの割引があって150円で買うことができるとします。
 このとき,どうして150円でいいのか,それを探り,無理やり理屈を作るわけです。たとえば,150円以上なら10円引きとか何とか,知る範囲の事実から適当な理論を編み出すわけです。そして,作り出した理論に基づいて,他の場合に当てはめて買い物をして,その理論どおりの値段になれば,それが正しい理論,というわけです。
 もうひとつの例を書きましょう。
 物理学というのは,将棋の駒の動かし方やルールを知らない人が対局の棋譜を何万局,何億局と分析して,ルールや駒の動かし方を調べるようなものです。そして,たとえば桂馬の動かし方をみつけたとします。そして,どうして桂馬はそういう動かし方をするのかと問えば,「それが原理だから」と答える,そんなものです。
 物理学というのは,こうしたことを繰り返しているだけのことなのです。つまり,どこかに正しくない理論があるかもしれない,しかし,それが今は正しいとされているのかもしれないわけです。

 ある一般者向けの物理学の講演会があって,その最後の質疑応答で,「どうして学者さんはそんなに自信をもって宇宙の年齢は138憶年だ,とかいうように断定できるのですか?」という質問をした人がいました。その答えは「それに対してあなたは反例が言えるのですか? もし言えるのならそれはそれで立派な理論だから一緒に研究しましょう」でしたが,それでは答えになっていません。
 そんなことは「悪魔の証明」と同じです。
 「悪魔の証明」(probatio diabolica=devil's proof)というのは,証明することが不可能か非常に困難な事象を悪魔に例えたものをいいます。中世ヨーロッパのローマ法の下での法学者らが,土地や物品等の所有権が誰に帰属するのか過去に遡って証明することの困難さを比喩的に表現した言葉が由来です。
 しかし,現在,ダークマターだのダークエネルギーだのと名前だけは立派でも,実際には,宇宙全体のエネルギーにおいて,そこに占めるダークマターの割合は22パーセント,ダークエネルギーは74パーセントもあって,バリオンとよばれるふつうの物質は全体のたった4パーセントに過ぎないといわれ,つまり,宇宙のエネルギーの96パーセントが何なのがわからないのです。
 その理由は,ひょっとしたら,現在正しいとされている理論が本質的に何か間違っているからなのかもしれません。

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 ネット上に,
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 あ高等学校の物理の先生が「世の中の事象はすべて物理で説明できる。そして物理を極めれば数学になり,数学を極めれば哲学になる」と仰っていました。
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というものがありました。まじめな高等学校の先生らしいお話です。
 それに対して,ふまじめな私が物理学を「卑怯」だと思っているところは,所詮,物理学など,本質的なことは「原理」としてその先を触れることもなく,その「原理」とやらから作った基本法則をもとにして,それを当てはめると,将来起きることや過去に起きたことが導き出せるというたかがそれだけなのに,傲慢にもそれを「すべて説明できる」とかいっちゃうことです。しかし,物理学では,そもそも「原理」がどうして「原理」となりえるのかは何も語っていないのです。
 そして,その基本法則を書き表す記述手段が人間の構築した数学なので,「物理学で説明できる」というのは,「人間のこしらえた数学で原理を表すことができる」というだけのことです。そして,それを数学でなく言葉でわかるように説明すれば,それは哲学となっていく,というわけです。要するに,そこでの究極的な問題は「わかるとは何か?」ということなのですが,その点では,何もわかってはいないというのが答えになります。

 私が書きたいのは,そうした物理学に意味があるかないかということでなく,人間の生み出した数学,その数学を用いて原理を記述する物理学,それらがどこに向かっているのかということです。つまり,そうした思索ができる(と思い込んでいる)人間を生み出したいわゆる「創造主」(宗教的なものではありません)は,はたして,人間に本当にそれを解明するだけの能力を授けたのだろうか,ということです。今でも,宇宙全体の質量のうち,人間が知っているものはわずか5パーセントの元素であり,26.5パーセントを占めるといわれるダークマターと68.5パーセントを占めるといわれるダークエネルギー(ダーク dark =「わからない」の意)については何も知らないのです。
 では,人間は知能という能力を無限にもっているのでしょうか? いくらがんばっても人間は100メートルを1秒で走ることはできないでしょう。では,知能においては,こうした限界というのはないのでしょうか?
 私は人間の知能に限界はあると思います。だから,人間の能力では将来も世の中の事象は物理で説明できはしないのです。しかし,人間は,物事の真理に近づきたい,そうした願望で,有史以来延々と知能の限界に挑戦して,少しずつ乗り越えてきました。そのもととなるのは,知りたいという好奇心です。その結果,科学が進歩し,生活が改善されてきたのだから,それはそれでいいのです。物理学は意味があるのです。

 しかし,その反面,物理学は,人の争いに利用されてきました。そこでむしろ,物理学によって作られた兵器をもちいた戦争で,人間は滅んでしまうのか? ということのほうが問題なのです。
 有史以来,人間の歴史は争いの歴史です。そして,いつの時代も,戦争という過ちを犯すたびに,平和を求めるための作業を延々とやってきました。その結果,避けられた争いも少なくはないから,そうした努力もまた意義があるのです。しかし,そうした努力にも関わらず,依然として,愚かな人たちは争いを続けています。そして,争いの手段として用いられてきたのが物理学なのです。
 近年も相変わらず,大国の利権の争いをはじめとして,世界中のどこかで何かがこじれています。しかし,物理学をもとにした急激な科学技術の発展が,そうした争いをこれからも続けることに危機的状況を生み出しているのが,昔の争いとは異なる点でしょう。皮肉にも,兵器があまりに危険になってしまったために,それが抑止力となっているわけです。しかし,どこかの国が何かの間違いで核兵器の発射ボタンを押した瞬間に,世界は容易に滅んでしまうのです。

 では,「創造主」は,そうした英知とともに愚かな本能を人間に与えていて,その結果,究極的には人間を滅ぼそうと企てて創造したのでしょうか。残念ながら,私はそうであると思います。近い将来,多くの人間の平和を求める努力にもかかわらず,愚かなひとりの人間が何かのはずみで間違いを犯し,その瞬間,恐竜がたったひとつの隕石の衝突によって消滅したように,地球上の人間はあっという間にあっけなく滅亡するのです。
 地球の46憶年の歴史で恐竜が君臨したのが1億年以上,それに対して,人間の歴史はわずが数万年,文明が発達してからはまだ1万年にもなっていないのです。恐竜の繁栄に比べたら,それは1万分の1でしかない。それなのに,人間という傲慢な自称「知的生命」は地球を征服した気になっています。そんな傲慢な人間は,近い将来,たったひとりの愚かな行為で,まるで炭酸飲料のあぶくのように,あっという間に絶滅してしまうのです。
 人間はもっと謙虚になるべきなのです。
 おそらく,2020年のコロナ禍もまた,傲慢な人間に対する創造主からの警告なのでしょう。

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 「太郎君がお饅頭を2個もってきました。花子さんがお饅頭を3個もってきました。お饅頭は全部で何個あるでしょうか?」という問題に対して「2+3=5」という計算をするのが「算数」。このように,実際のできごとを数字で抽象化して計算をすることで答えをだす,これを一般化して「a+b=c」という公式にするのが自然科学です。この公式によって,お饅頭が20個であろうと20,000個であろうと,同じように計算できます。つまり,自然科学は,物事を数字や式で抽象化することで,数学の力を借りて未来を予言,いや,正確に予測できるというものです。
 お饅頭の個数なら足し算でよいのですが,それが核融合やら核分裂となるとそうはいきません。「質量欠損」のような問題があって単純に「a+b=c」にはならないのです。そこで,何らかの概念やら原理やらを持ち込むことによって未来を正確に予測できるようにするのですが,そうした概念やら原理,つまり「理論」を考えて,その「理論」が正しいということを実験で検証するという手順が加わるわけです。これが「物理学」です。そうした正しいとされる「理論」を使うことで,未来を正確に予測できることになるわけです。

 しかし,誤解してはいけないのは,正しい「理論」は,現実の事象をその理論に抽象的に置き換えれば未来を正確に予測できる,ということをしているに過ぎないわけで,自然を解明したわけではない,世の中の仕組みが語られたわけではないということです。つまり,物理学は仕組みについては何も語ってはいないです。
 つまり,自動販売機に130円入れてボタンを押せば缶コーヒーが出てくるという予測ができるだけで,自動販売機の仕組みを語っているわけではないということです。
 例えば,原子が陽子と中性子と電子から成っていて,陽子の個数で元素の種類が決まる,というのも,そういうモデルに抽象化して考えれば化学反応の説明がつく,というだけで,実際に太陽のまわりをぐるぐると惑星がまわっているように,原子核のまわりを電子がくるぐる回っているわけではないのです。同様に,量子力学では素粒子には粒子と波の二面性があるというのも,そういった記述すれば現実に起きる様々な事象が数学として説明ができるといっているだけで,現実に素粒子が「粒子」であったり「波」であったりするわけではなく,あくまで抽象化した概念に過ぎないわけです。つまり,物理学は何も語ってはいないです。

 現在,「ダークマター」と「ダークエネルギー」が宇宙全体の95%を占めているといわれています。逆にいえば,現在までに人間の構築した物理学の記述でははたった5%のことしか説明がつかないということです。発見された「宇宙の加速膨張」を説明をするにはこうした「ダークマター」と「ダークエネルギー」と名づけられた新たな概念が必要だというわけです。
 この「ダークマター」だとか「ダークエネルギー」という言葉が独り歩きをして,聞くほうはそういう名前のイメージから,いかにも未知の物質があるように思えたり,エネルギーが何もないところから生れ出てくるような感じがするわけですが,それはそうした名前をつけた物理学者のトリックにすぎません。あくまで,現代の物理学の理論に実際の事象を当てはまるためには,新たな「マター=物質」のような抽象概念と新たな「エネルギー」のような抽象概念が必要だ,といっているだけです。要するに,新たな「何ものか」を導入しなければ人間がこれまでに作り上げてきた物理学では説明ができない,ということなのです。
 また近ごろ,ハンガリー・エトヴェシュ・ロラーンド大学のGábor Ráczさんたちがコンピュータシミュレーションで時間の経過に伴う宇宙の構造の変化を研究し,「ダークエネルギー」の存在がなくても宇宙の加速膨張が説明できる可能性を示しています。

 これまでも,従来は正しいと思われれていた理論が誤りだったという失敗は歴史が物語っています。ならば,現在「正しい」と思われている理論も本当に正しいのでしょうか?
 ほんの数年前までは,地球外生命などSFマニア以外は存在しない,人類は宇宙に唯一のものだと思われていたのですが,現在では,地球外生命は存在するというほうが大勢になりました。こうした考え方の変化は,宇宙の中心が地球だと信じられていた時代から共通する人間中心主義の崩壊と同じものです。私も,宇宙には地球のような天体など珍しくもないから,いくらでも地球以外に生命など存在すると思っています。
 しかし,宇宙がはじまったのが138億年前で将来はどんどんと宇宙が膨張してくといわれている現在の理論は,本当に正しいのでしょうか? この宇宙のなかで人類が発生してそして滅びる期間など,宇宙全体の歴史のなかではほんの一瞬の出来事でしかなのでしょう。そのたかだかほんの瞬間のなかに生きる人類の知りえる時間と空間の範囲で測定されたデータから作り上げた理論など,おそらくは人類の知りえる範囲だけで成り立つ近似に過ぎないのではないか,と私は思います。
 この有史以来争いばかりをしている愚かな人類などに宇宙をつかさどる理論など分かりようがないのではないか,神はそんな能力を人類には授けていないというのが,私の考えです。

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