朝日杯将棋オープン戦の名古屋対局が1月13日と14日にあって,これまでに勝ち残った棋士のうち8人が集結して,4人ずつ2日間にわたって,午前中に2局,勝ち残った2人で午後の準決勝が行われるという話がありました。運がいいというか,よすぎるというか,勝ち残っている棋士のなかには,1日目には羽生善治竜王が,2日目は時の人・藤井聡太四段が登場するということになったので,2日とも見にいくことにしました。
何ごとも,運は自ら行動して掴むものです。こんな機会,おそらく二度とありますまい。
対局場は午前はふたつあるのですが,ひとつは広い部屋で全指定席,もうひとつは狭い部屋で自由席ということでしたので,指定席のうちもっとも棋士に近いS席を前売りで手に入れました。1日目の広い部屋に登場するのはもちろん羽生竜王なのですが,2日目は広い指定席のほうが藤井四段で,もうひとつの狭い自由席のほうが佐藤天彦名人というのが,なんともはや,という感じです。しかし,人気を考えると,これしか方法がないのをだれもが納得することもまた,不思議なことでもあります。
ということで,今日は1日目が終了した昨日の様子について書きます。
私の席は前から2列目の左から5番目でしたが,羽生竜王が2局とも後手番だったので,ちょうど表情が見える席でラッキーでした。
手の震えもそのまま見えました。
午前の1回戦は対戦相手が高見泰地五段でした。
戦法は後手番の羽生竜王が角道を止めた四間飛車ということで,これは40年前に流行した戦いです。そのころと違うのは,角道を止める振り飛車というのは,居飛車穴熊の亡霊を見ながら序盤を進めなくてはならないということなので,藤井システムですが,それでも,ちょっと無理して,ともかく先手は穴熊に組み上げました。羽生竜王が攻めを誘って手待ちをしている間に先手は歩を突き捨ててやや無理攻めに攻めていったのですが,1手ミスったときに鮮やかに羽生竜王の端攻めが決まって完勝しました。強いものです。
羽生竜王の将棋というのは,相手に乗っかって指し進めていって,相手にわずかでもスキがあれば,それに乗じて攻め潰す,というものなので,主体性はないのですが,いわゆる横綱相撲です。白鵬に見せてやりたいものです。1局目はこれが見事に決まりました。
午後の対局は,午前に糸谷哲郎八段戦で勝ち上がった八代弥六段戦でした。
戦法は,また後手番になった羽生竜王が,これもまた午前と全く同じ角道を止めた四間飛車でした。
若手は相がかり,あるいは相横歩取りの最新形を目指して,先手番で2六歩と突くので,それを避けるにはこうした振り飛車になるのかな? と思いました。公開対局で最新形を指すのは,おそらく羽生竜王には骨が折れるのでしょう。
今回は先手が穴熊ではなく急戦を挑んだので,40年前の将棋と同じ形になりました。この定跡を作った青野九段と米長永世棋聖の住んでいた場所にちなんで鷺宮定跡といいます。そのころはこんな将棋ばかりでした。そして,細部まで定跡ができたのですが,結局,今同じものを指すと無難な将棋に落ち着くのが不思議なことです。将棋の定跡なんて,進化しているのやらそうでないのなら…,結局は流行というくくりだけなのかな,と感じました。
途中,羽生竜王が馬を作られて少し不利っぽかったのですが,うまく指して駒得になったあたりでは優位になったかな? と思いました。そして,1手すきやら詰めろやらで先手玉を攻めていった辺りでは勝ちだと思ったのですが,おそらくどこかでミスがあって,詰めろがほどけてしまったあたりでは逆転ムードでした。その後はいわゆる泥試合となっていったのですが,後手玉を攻める手がなくなったあたりから,再び羽生竜王が優勢になって,最後は勝利しました。対局時間3時間164手の熱戦でした。素晴らしい対局を見せていただいたものです。