######
「藤井聡太竜王名人が関西将棋会館のレストラン「イレブン」で食事を注文するのもこれが最後」 になるかもしれない,王座戦挑戦者決定トーナメントの決勝戦が2023年8月4日に行われ,「史上最高の1分将棋」とよばれた大熱戦のすえ勝利して,永瀬拓矢王座への挑戦権を手に入れました。王座戦5番勝負に勝てば,将棋のタイトル全冠制覇達成です。
この対局は,二転三転,まさに手に汗握るハラハラドキドキの終盤戦でした。
①105手目。藤井聡太竜王名人が▲1五香と打てば終わっていたものを▲1六香と打ったためにもつれました。
②135手目。藤井聡太竜王名人が▲6四角と打てばよかったのに▲3三歩としたので3筋に受けの歩を打つことができなくなり,負けていれば敗着でした。
③150手目。豊島将之九段の指した△6五玉が決定的な悪手で,これで勝負が決まりました。しかし,1分で正解手を見つけるなんて無理な話なので,豊島将之九段が気の毒でした。
①②③とも,正解手はかなりの「筋悪」で人間には浮かびません。
③150手目の正解手は△5四玉だったということですが,この後が難解でした。
解説者も説明できなかったので,私も,局後,将棋AI最強の「水匠5」を使って,遊んでみました。△5四玉以下,「水匠5」が1番手にあげた指し手を進めていきます。すると,以下のように,このあと延々と90手くらいも進んで,やっと後手が勝利します。
・・・・・・
3四龍,4四銀,4五角,6五玉,7七銀,6六歩,4四桂,7八金,5四銀,6四玉,6三銀成,6五玉,5六角,同馬,3五龍,5五歩,5六歩,6九角,4八玉,7七金,2五角,同角成,同歩,7六玉,4二と,6七歩成,3八玉,6八角,4六歩,4二飛,2七玉,4四歩,5三成銀,4五桂,4二成銀,3七桂成,同玉,4五金,5四角,6五歩,4五角,5九角成,4八金,4五歩,4九金打,5三角,4四香,3四歩,同龍,2二桂,4五龍,4九馬,同金,3四金,7七桂,4五金,同歩,5七飛,4七金,1四桂,9八角,8七銀,同角,同玉,9八銀,7七玉,6九桂,7六玉,7七歩,同と,5七桂,2六銀,3八玉,2七金,3九玉,2八角,2九玉,1七角成,8七金,同と,同銀,同玉,9七飛,8六玉,8七歩,7五玉,7八飛,6四玉,9八飛引,3八銀,…
・・・・・・
なお,互いに最善手を指していくと持将棋になるといっているYouTubeや,そう書いている記事もありますが,私が使った「水匠5」ではこのように後手勝ちになります。
こうして遊んでいるうちに,何か不思議な気がしました。それは,「水匠5」が最善という手を指し進めていっても,はじめの評価値以上に次第に後手が悪くなっていくのです。こういうものを体験すると,将棋AIが示す評価値は,一体どういうものなのだろう? という疑問がいつもながら湧いてきます。
この対局の中継はいくつかの媒体で行っていたのですが,ABEMAが表示している形勢判断とそれ以外のものに大きな差があることが指摘されていました。使っている将棋AIが異なるのか,コンピュータの性能が異なっているのか。いずれにしても,1分という考慮時間ではコンピュータでも読み切れないということなのでしょう。
おそらく,実際の対局で豊島将之九段が△5四玉という正解手を指したとしても,その後,人間が最善手をずっと指し続けることは不可能です。この難解な将棋では,最善手は1手だけでそれ以外を指せばすべて逆転,といった局面が続いていたので,結局は,どこかで悪手を放った方が負け,という結果になったことでしょう。
どうしたらこんな複雑で難解な局面が作れたのか。
将棋は,序盤の定跡はほぼ決まっていて,いささかマンネリ気味で,新戦法といったところで,大局的に見れば流行り廃りがあるだけのようなものです。最新形といっても,江戸時代にすでに同じような形があったりします。
しかし,中盤から終盤にかけてのねじり合いになると,どの将棋もそれぞれが個性をもち複雑化していくのが不思議です。これこそが将棋の魅力です。そうなると,もはや,コンピュータが進化しようと関係なく,事前研究も意味がなく,指している人間の実力と指運のみの世界となっていきます。ただし,今は,将棋AIの進化のおかげで,見ている側に,その時点での最善手がわかるようになった,というのが最大の利点です。だから,素人が見ていてもおもしろさがよりわかるわけです。おそらく,将棋AIがなかった時代なら,この対局の△5四玉という手も指摘されず闇に葬られていたに違いありません。
ともあれ,藤井聡太竜王名人は,八冠になるように神が授けているかのように,今期の王座戦は,奇跡が続きます。極めつけは対村田顕弘六段戦でしたが,今回の対豊島将之戦もまた,それに匹敵するものでした。再び奇跡が起きるのか? 今後の展開が今から楽しみです。
◆◆◆
「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは