しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場・47都道府県を制覇し,南天・皆既日食・オーロラ,空の3大願望を達成した「不良老人」の日記

タグ:藤井聡太七段

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 私が将棋を覚えたのは,確か小学校4年生の頃だと思います。もう,今から50年以上前のことです。それ以来,私の生活は,将棋と天文になってしまい,それが今も続いています。しかし,将棋は「観る将」だけでいつまでも弱く,天文も30年以上前に買った旧式の望遠鏡で,暇な時に40年以上前の手法で写真を撮るくらいしかできません。ともにまったくモノにならなかったわけです。
 それでも,上昇志向のない私は,自分の生活に楽しみをもたらすものとしてすっかり満足しているのです。
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 さて,6月23日の将棋王位戦の挑戦者決定戦で,また,藤井聡太七段が永瀬拓矢二冠に勝ち,棋聖戦に続いて,王位戦でもタイトル挑戦を決めました。私は2連敗も予想していただけに,うれしい,まさに「望外」な結果となりました。
 また,前回の対局でファンになった永瀬哲矢二冠にとれば,ダブルタイトル挑戦,そして,うまくいけば四冠も夢ではなかっただけに,さぞかし悔しかったことでしょう。しかし,この精魂こめて戦った2局は,藤井聡太七段に当たっても当たっても跳ね返されるような壁に感じてしまったかもしれません。この悔しさがばねになるといいなあと思います。私は,このふたりの時代を待望しています。
 さて,今日は,対局のお話ではなくて,王位戦のお話です。

 私の住む地域では,かつて,購読している新聞はそのほとんどの家が中日新聞でした。中日新聞が主催 -というか,正しくは,北海道新聞,東京新聞,神戸新聞,徳島新聞,西日本新聞との共同主催ですが- している将棋の棋戦は王位戦です。当時,中日新聞の将棋欄は夕刊に地味にあったさえないものでした。そして,王位戦は,その第1期からずっとタイトル保持者が大山康晴,時の名人でした。というより大山康晴は5つあったタイトルのすべてを持っていました。しかし,中日新聞からしか将棋の情報が得られなかった私が覚えたのは「大山王位」。なので著書などに「名人大山康晴」と書かれてあったのががとても不思議でした。
 そのうちに,どうやら新聞によって載っている棋戦が違うこと,そして,将棋のタイトル戦の最上位にあるのが名人戦で,それを掲載しているのが朝日新聞だということを知りました。それは,4コマ漫画も同様で,まさか,多くの人が朝刊で読んでいる4コマ漫画が「サザエさん」とは知りませんでした。
 そのころは新聞購読拡張合戦が盛んな頃で,母親の実家が,それに負けて,ときどき新聞を1か月だけ朝日新聞に変えるのです。それも決まって3月。新聞が変わったときに遊びに行くと,朝日新聞の将棋欄をみるのが楽しみでした。将棋欄にかかれたタイトルには「名人戦」という文字は一切なく,単に「A級順位戦」。何か,東京ではとても特別なすごいモノをやっているような気がしたものです。そして我が家が購読している新聞が田舎の三流紙に思えました。しかし,4月,名人戦がはじまると,母親の実家の新聞は王位戦に戻ってしまうわけです。その時代,朝日新聞では「A級順位戦」が2段組で掲載されていたのが「名人戦」の七番勝負だけは3段組になりイラストが入るのもまた,特別だという気持ちになり,垢抜けていました。しかし,それは読めなかったわけです。
 やがて,私の説得に父が折れ,我が家の購読する新聞が変わりました。変えるためにいろんな理由をつけたのですが,私の本当の目的は「将棋名人戦」が読みたいというだけでした。我が家の新聞が変わったのは,幸運にも,ちょうど第30期の将棋名人戦,あの伝説の「升田式石田流」の7番勝負がはじまったときのことでした。その後,時も流れ,将棋名人戦の主催が毎日新聞社に変わり,それとともに私は将棋に興味を失くしました。したがって,私は,谷川浩司九段が名人のときの将棋も,若き日の羽生善治九段の将棋も,ほとんど知りません。

 それを考えると,現在,新聞など頼らなくとも,ABEMAで生で対局を見ることができるのが夢のようです。わずか数年前は「斜陽産業」となってしまっていた将棋界,それが,藤井聡太という新星が現れ,まったく時を同じくして,ABEMAが棋士藤井聡太の対局を生放送するという偶然が重なり,よみがえりました。まさに,藤井聡太という棋士はABEMAの申し子であり,その活躍はアニメのストーリーをはるかに超えています。そしてまた,私が将棋を覚えてはじめて知った棋戦であり,地元の新聞社が主催する棋戦ではじめての2日制のタイトル戦に挑戦,しかも,最年長タイトル保持者と最年少タイトル挑戦者というのもまた,できすぎです。
 この先,また,どんな新たなストーリーが待っているのかとても楽しみです。

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 待望の第91期ヒューリック杯棋聖戦の5番勝負がはじまりました。4日前にその挑戦者決定戦のすごい対局を見たばかりなのですが,その余韻さめらやぬ6月8日,はやくもタイトル戦の開始です。
 ファンというのは心配性で不安がつきないのです。私は,タイトル挑戦が決まったら決まったで,藤井聡太七段がタイトル戦で1勝もできなかったら… などと心配してしまいましたが,第1局を勝ってほっとしました。
 昨年11月19日の王将戦の挑戦者決定戦では,一度は勝ちになったもののそこで致命的なミスを犯し,惜しくも敗れてしまった藤井聡太七段でしたが,もし,その対局で勝利し,王将戦がタイトル戦の初挑戦だったら,契約上ABEMAでの中継もなかったわけだから,タイトル戦初挑戦が今回の棋聖戦だったというのは結果オーライでした。
 新記録を達成させようと,無理やりの日程を作った人もさぞかしホッとしていることでしょう。

 ところで,藤井聡太七段の対局は,毎度,中盤の勝負所でずいぶん時間を使って考えるので,解説をしている棋士の方々はみな心配しておられるのですが,実際は,必ず7分残して終盤戦になるので心配は無用です。そして,終盤の難所で時間が必要なときも,5分使って最後の2分を残して踏みとどまるのです。これは藤井聡太七段の確信犯ですが,それは,おそらく,王将戦で1分しか時間がなく,それが原因で手痛いミスをしたという教訓が生かされているからなのでしょう。
 まわりの人たちが心配するより,藤井聡太七段のほうがはるかに利口でいろんなことを考えているのです。
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 さて,この対局もまさにそうしたペースで進みました。
 ところが,藤井聡太七段の指した113手目の「3三銀」という手がいわゆる「やっっちゃった」1手で,この手を見て私はかなり心配になりました。「3三銀」ではなく「3三金」ならそれでこの将棋は終わりだったからです。その後,もし,渡辺明棋聖が122手目に「6五香」でなく「6七歩」と指したとしたら,113手目のミスが大いに響くところでした。
 しかし,そういった経由があったからこそ,結果的には,最終盤で126手目から30手あまりにわたって,16手連続で王手王手と正確にせまる渡辺明棋聖に対して,すべて正解手を延々と続けなけらば勝てないという,まさに薄氷の上を歩く,ファンにはたまらないスリル満点のしのぎあいを味わうことができたわけです。そしてまた,いつもの勝ち将棋同様,不思議なことに遊んでいたような駒までちゃんと役割をもって光り輝き,最後にはすべての駒が活躍しました。

 それにしても,一昔前ならAIによる評価値も次の1手もなかったから,その時代にこの将棋が放送されていたら,きっと詰むや詰まざるやでハラハラし手に汗を握るといった,全く別の将棋を味わうことになっていたことでしょう。しかし,そのときは,勝負がついたのちに,すごいモノをみたということだけはわかっても,どちらの対局者がどこで間違えたのか,とか,正しい指し手は何だったのか,といったことが見ている我々には最後までわからず,不完全燃焼となって,結局,どちらが勝った,ということだけが印象に残ったかもしれません。当時の名人戦,羽生善治対森内俊之戦の終盤は,いつもそんな感じでした。その反対に,その昔,中原誠16世名人若きころの大山康晴15世名人との対局で,今も語り継がれる「大山の8一玉」は,AIがある今であれば,その1手前の「中原の7三飛」の時点で予測されていて,指されるまえからみんなその手の存在を知っているので,大山15世名人が正しい手を指したという印象こそあれど,このときのような感動はなかったかもしれません。
 現在の将棋の終盤戦では,AIが先に詰む,詰まないという結論を出してしまうので,観戦している我々はその結論をすでに知っているのです。この将棋も,藤井玉は不詰めであるという結論がでていました。しかし,そのAIの結論を人間が実践で導くには1手も間違えることが許されず,そこで,どうか藤井聡太七段が間違えませんようにと,別の意味でドキドキハラハラしながら次の手を見守る,という,AIのなかったころとはまったく違う観戦となったのです。
 実際の対局者である渡辺明棋聖はその結論がわからず指していたようですが,解説者の棋士の先生たちもまた自分たちの力ではその結論がわからず,AIに頼った解説をしていました。結局,詰まないということを知っていたのは,藤井聡太七段とコンピュータだけだった,というのがすごいのでした。
 対局後の感想で,藤井聡太七段が「9七玉と上がった時点で詰まないだろうと思った」と言ったようですが,おそらくそれは謙遜で,実際は,もっと以前からすべてお見通しのことだったように思われます。
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 今回の対局のように,AIによって結論を知りながら観戦するのと,一昔まえの対局のように,詰むのか詰まないのかといった結論がわからずに観戦するのと,どちらがいいのかはわかりませんが,この将棋では,藤井聡太七段が途方もなく強いということと人間同士の勝負はおもしろいということが認識できたことだけは事実でしょう。
 それにしても,4日前に行われた挑戦者決定戦がすごい将棋だったとすれば,今回の将棋はそれを越えるもっとすごい将棋になりました。そして,そのすごい将棋をその時間にABEMAを通して生で味わうことができたことが,私には何よりうれしいことでした。

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 6月4日,第91期ヒューリック杯棋聖戦挑戦者決定戦で藤井聡太七段が勝利し,最年少タイトル挑戦者となりました。
 対戦相手の永瀬拓矢二冠はバナナを主食とする(?)藤井聡太七段の兄貴分のような棋士です。公式戦初対戦,私は藤井聡太七段に勝ち目がないのでは,と思っていました。
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 藤井聡太七段の越えなければならない壁となっていた棋士が4人いました。それは,豊島将之竜王名人,そして,斎藤慎太郎八段,菅井竜也八段,永瀬拓矢二冠です。
 斎藤慎太郎八段と菅井竜也八段にはこのところ連勝して克服しました。依然,豊島将之竜王名人には公式戦での勝利がありません。また,永瀬拓矢二冠とは対局がありませんでした。
 永瀬拓矢二冠は強敵です。今回のヒューリック杯棋聖戦に続いて,おそらく,王位戦の挑戦者決定戦も対局相手は永瀬拓矢二冠になると思われるので,悪くするとともに敗戦,ということもありえるなあ,と思っていました。

 対局は永瀬拓矢二冠の先手で相掛りになりました。これは実は藤井聡太七段の最も勝率の悪い戦法なのです(そのことを知っている棋士もあまりいないみたいですが…)。この戦法に誘導したこと自体,私は永瀬拓矢二冠が藤井聡太七段を知り尽くしている証だと思いました。
 私は,少しの期待と,敗れたときにがっかりしないようにと戒めながら,いつものように,ABEMAと将棋実況中継を観戦していました。私はこのごろ,藤井聡太七段がまれに負けると何もかもが嫌になり将棋など二度も見たくなくなり絶望的な気持ちになるので辛いのです。困った話です。

 この対局は途中まで僅差で藤井聡太七段の分が悪い状況が続いていました。この差が逆転したのが永瀬拓矢二冠が大長考の末指した55手目です。
 しかし,私は,そうした結果よりも,この対局で55手目を大長考する永瀬拓矢二冠と,そして,自分の手番でないにもかかわらず,一緒に局面を読みふける藤井聡太七段の姿に感動しました。この長考時間68分の間,ABEMAで流れていた映像の迫力のあること! これには涙が出てきました。
 今は,このようなシーンを映像で見られるというのもすごいことなのですが,その間,お互い全くスキがなく,まるで格闘技のような雰囲気を感じました。ここまで人は没頭できるものなのか,と思いました。

 結果的に,この大長考で指された1手がよくなく,将棋は逆転しました。
 藤井七段の脅威の終盤力が亡霊となって,勝負どころで放つ藤井聡太七段のぎりぎりの攻めの1手に対して,相手は攻めればいいところで受けたり,あるいは,読みを外そうとして考えすぎの疑問手を指すのです。そして,その瞬間から,なぜか局面はまったく違う姿を見せはじめ,藤井聡太七段のこれまで死んでいたような駒までがきらきらと躍動しはじめ,相手方の駒が凍り付いたように働きがなくなる,という妙なことを,これまで何度見たことでしょうか。
 この将棋もまた同じでした。
 しかし私は,この68分を見ることができたことで,すっかり酔いしれました。そして,永瀬拓矢という青年棋士のファンになりました。ふたりの年齢差は10歳,少し離れていますが,永瀬・藤井の対局は,昔の大山・升田,米長・中原,そして,羽生・森内に続く,この先,将棋界を何十年も湧かせ,語り継がれるものとなることでしょう。
 この将棋は難解すぎて,解説の棋士も解説に困り,AIの評価値も揺れ動くというすごい内容でした。私には,この最高の対局の深い内容はわからずとも,すごいものだということだけはわかる程度の棋力があってよかったと思いました。いいものを見ました。泣けました。

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 2年前に見た朝日杯将棋オープン戦ですが,今年,2年ぶりにまた見にいく機会があったので,観戦しました。
 チケットの発売日を忘れていて,というか,もう1回見たからいいやと思っていたのですが,発売日当日,ツイッターで発売開始5分後に知って,試しにサイトを開くとすでにほとんどが売り切れでしたが最後列の4枚だけ残っっていたので,購入し(てしまい)ました。
 この日は,ベスト16からのトーナメントで,参加棋士が4人。午前中に2局あって勝者が午後に1局,これに勝ち残るとベスト4進出になります。2年前とは会場が異なっていて,今年は朝日新聞名古屋本社の15階にある朝日ホールでした。ひと部屋が対局場でもうひと部屋が解説会場となっていました。対局会場はひな壇になっていてい,午前中の2局はひな壇の両端で同時進行,両方とも観戦することができました。ただし,2年前は対局後に解説会場にも入れたのですが,今年は,対局会場か解説会場のどちらかしか入れませんでした。
 このように,毎年,試行錯誤状態なのですが,次第に工夫が実り見やすくなってきました。ただし,今年は解説会場が狭く,もう少し広いといいなあ,と思いました。
 朝日杯将棋オープン戦は,持ち時間が40分で使い切ると1手60秒,というのが絶妙で,対局が終了するまで約2時間,しかも,1手30秒とはえらく異なって,考えることができるので,内容が濃くなります。どうやら,藤井聡太七段にはこの持ち時間が向いているらしいのです。

 今年の藤井聡太七段の対戦相手はかなりの難敵で,さすがに朝日杯オープン戦の3連覇は無理だろうと思っていました。そこで,午後の2局目までいけるのだろうかと,ほとんど期待もせず,会場に向かいました。
 藤井聡太七段の1局目の相手は菅井竜也七段で,これまで1勝2敗でした。菅井竜也七段の粘りを打ち破れるかが勝負です。はじめ,少し優勢かな,と思っているうちに,早指しで何やらこちゃこちゃとやられているうちになんかごまかされたようになって,気が付くと不利になっていました。こりゃ2局目はないなあ,と思っているうちに形勢が逆転して,ついに勝利しました。ただし,帰宅後にコンピュータの将棋ソフトで調べてみると,会場で思っていたほど不利でもなかったようでした。それにしても,最後の盛り上げはかなりのものでした。
 2局目は,1局目に三浦弘行九段に勝った斎藤慎太郎七段とでした。斎藤慎太郎七段に対してもこれまで1勝2敗と苦手としています。それもはじめに2連敗,つい先日にやっと1勝をあげたという状況です。この将棋はねちねちと序盤が長く,相撲で言う指し手争いみたいな感じになっていたのですが,そのうちにわずかなスキを捉えて藤井聡太七段が有利となりました。最後は,いつものように受けても勝てるほど優位だったのに,1手勝ちを読み切って攻めていって,そのまま押し切りました。対局者はわかっているのでしょうが,見ているほうはハラハラしました。
 それにしても,以前にも増してさらに強くなったものだと思いました。こうして,これまで分が悪かった相手に対しても堂々と勝てるようになってきて安定感もねばりもあってすごいもんだと思いました。よいものを見ました。

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