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 「超ひも理論をパパに習ってみた 天才物理学者・浪速阪教授の70分講義 」 を読んでみました。
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 平凡な女子高生・美咲のパパはなんと超ひも理論が専門の天才物理学者(そして関西人)。「理解のカギは『異次元空間』や!」と最先端物理学を嬉々として語りだすパパに,美咲は最初辟易するが…!? 物理ファン垂涎の名講義,堂々開講!
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だそうです。
 この本の著者である橋本幸士教授はNHKBSプレミアムの番組「コズミックフロントNEXT」で「宇宙が“真空崩壊”!?宇宙の未来をパパに習ってみた」に出演されて,私はその番組で知りました。この番組は
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 ある日突然宇宙が真空へと崩壊する。そんなSF映画のような可能性を物理学者たちが指摘している。果たして未来の宇宙は私たちが気づく間もなく真空崩壊で一瞬にして消え去る運命なのか? それとも超対称性粒子が発見され,宇宙の壊滅的な真空崩壊など起きないことを人類の英知が証明するのか? 「超ひも理論をパパに習ってみた」の著者橋本幸士教授を監修役にドラマ仕立てで描きながら素粒子物理学が予測する宇宙の未来の姿に迫る!
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という内容でした。

 橋本幸士教授は京都大学理学部卒業後,京都大学大学院理学研究科を修了した人で,現在は大阪大学大学院理学研究科の教授をされています。専門のひとつである弦理論をわかりやすく書いたのがこの本というわけです。
 「超弦理論」(Superstring Theory)というのは物理学の仮説のひとつです。物質の基本的単位を大きさが無限に小さな0次元の点粒子ではなく,1次元の拡がりをもつ弦であると考える弦理論に超対称性という考えを加えて拡張したものです。宇宙の姿やその誕生のメカニズムを解き明かし,同時に,原子,素粒子,クォークといった微小な物のさらにその先の世界を説明する理論の候補として,世界の先端物理学で活発に研究されている理論です。

 もともと,物理学の理論を数式抜きで説明するということが無理なことなので,この種の啓蒙書には限界があるのです。それは「1+1=2」を言葉で説明しようとすることだからです。そのためには何かたとえ話を持ち出さなくてはならず,そうすると別のイメージが生れてしまいます。あるいは,駒の動かし方を知らずに将棋を説明しようという試みに似ているかもしれません。
 そもそも,物理学の理論というものは自然現象を人間の創った数式で書き表すということです。そうして書き表された数式を使って,過去に起きた事象も,これから起きる事象も矛盾なく説明できれば,その数式は正しいとされる,雑に言えばそういう感じです。物質の基本的単位を大きさが無限に小さな0次元の点粒子と考えると計算の過程でうまくいかなくなるから,それを点ではなく1次元の拡がりをもつ弦としてみよう,というアイデアが超弦理論で,そうすると計算がうまくいく,かもしれない… という感じです。
 だから,物理学の理論は,はじめに数式ありき,なのです。

 物理学を勉強すると宇宙の謎や物質の根源がわかる,というのは誤解です。物理学というのは物事の神秘を語るものでもその謎を説明するものでもないのです。物理学は数式を使って,これまでに起きたことやこれから起きることを正確に説明できる,そうした理論を創ることをめざすものです。
 そもそも,日本の高校の数学教育ではいくら勉強してもこうした数式を理解できるようにはならない,というのが問題なのです。英語教育が受験英語と批判されるのですが,それは数学も同じです。だから,私は数式を使わない啓蒙書よりも,むしろフリードマン方程式

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のような数式を高校生でもわかりやすくものすごくていねいに解説したような本があったらいいなあ,と思っています。そうすれば,数学というのは学校でやっているような受験数学ではないということがよく理解できるからです。「ひとりで学べる一般相対性理論」という本がありますが,それでも高校生には難しすぎます。

 そんなわけで,こうした数式を使わない啓蒙書を読んでも理論は理解できません。それよりも,そうした理論を考える上でのアイデアがおもしろい,とか,そういう考え方をするんだなあ,とか,そういうことを読者が納得すれば,それでこの種の本の目的は達成されるのです。その点では,この本は十分にその目的を達成することに成功しているといえるでしょう。そして,この本を若い人が読んで,物理学に興味をもてば,素敵な動機づけになるのです。
 なお,続編に「「宇宙のすべてを支配する数式」をパパに習ってみた 天才物理学者・浪速阪教授の70分講義」もあります。

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