しない・させない・させられない

Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.

USA50州・MLB30球場・47都道府県を制覇し,南天・皆既日食・オーロラ,空の3大願望を達成した「不良老人」の日記

タグ:2020年がやってきた

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 2021年になって早くも半月が過ぎました。改めて,1年前に書いた「2020年がやってきた」を読み返してみると,あのころから早くも1年が過ぎてしまったんだなあ,という感慨とととも,いろんなことがあった1年だったんだんあ,という思いがあります。
 2020年,最も変わったのはほとんど海外旅行に行けなかったことですが,それ以外はけっこういろんなことができた年でした。それまでも,ただでさえ精神的かつ物質的な「断捨離」をずっとしてきたので,おまけに,海外旅行に行けなかった副産物として,お金をほとんど使わずに済んでしまいました。
 しかし,私のような生き方をしていたら国の経済は成り立たなくなってしまうだろうから,ここに書くことは決して参考にせず,これを読んでいるみなさんは,せいぜい無駄遣いをしてください。

 では,改めて,2020年を順に振り返ってみます。
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 まず,2020年に立てた「安価に国内旅行をする」という目標ですが,これは実現しました。遠くに出かけた国内旅行は北海道だけでしたが,往復格安航空を使い,現地ではレンタカーを利用しました。東京のコンサートと大阪の美術展,これは,新型コロナウィルスが流行する前に立てた計画だったのですが,奇しくも「Go To Travel」が実施されていたおかげでその恩恵を受けて,ものすごく安く新幹線を利用して行くことができました。
 それ以外には,バスや列車などの公共交通を利用してさまざまな場所に行く計画を立てていたのですが,すべて,自家用車に切り変えて,早朝家を出て日帰り旅行をすることになりました。その結果,新潟県の親不知子不知海岸,兵庫県の余部鉄橋をはじめ,行きいと思っていたところはほぼ行くことができました。
 山形県と青森県にも行く予定を立てて,航空券まで手配したのですが,ともにキャンセルとなってしまって行くことができなかったことだけが心残りでした。しかし,この先行くことができるだろうから,こんな時期に行かなくても慌てることもないと思っているのですが,今ではあまり行く気さえなくなってしまいました。
 いずれにせよ,結果的に「人混みには行きたくない」が実現してしまったのは,皮肉なことです。そしてまた,時折,人のいない辺鄙な場所で星見を楽しむのが最も気の休まる時間です。
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 次に,「断捨離」ですが,まず「物質的な断捨離」としては,欲しいモノがまったくなくなってしまいました。その結果,キャンペーンをやっていようがいまいが,クーポンがあろうがなかろうが,そもそも何も買わないのだから,そういった類のことは私には全く関係がなくなってしまいました。
 また,情報は手に入れないほうがいい,と悟ったことで,雑誌等の類は買うどころか,まったく読まなくなりましたし,書店にも行かなくなりました。必要な専門書をインターネットで購入するだけです。
 好きだったカメラも,ミラーレス一眼とやらにメーカーの製品開発が移行して,やたらと高価なので,私にとっては「あちらの世界」のものになってしまいました。ミラーレス一眼はこれまでのものより性能がいいという話ですが,所詮,私には単なる趣味の世界です。
 プロでもないのに50万円も出費してどれだけ使えるというのでしょう。2,3年もすればディスコンになるだけです。私にはその性能を生かす能力もないので,必要ありません。その結果,まったく興味がなくなりました。私には今使っているもので十分なので,これを壊れるまで使います。そして,壊れたらそれまでです。
 そんなわけで,生きるのに必要な食べ物と衣服以外に何も買わなくなりました。
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 「精神的な断捨離」については,先に書いたように,情報をすべて遮断することにしたら,極めて快適になりました。インターネット上のニュースのポータルサイトとそれに付随するコメントやテレビのワイドショーは最悪です。特にテレビのワイドショーは百害あれど一利もありません。一時期,将棋ブームでその話題が取り上げられていたときに少し見たことがありますが,そのときにこうした番組の質が理解できました。そんな番組ばかりを見ていると精神が病んでしまいます。また,NHK総合のように,別の番組まで侵入してくる画面のL字テロップも同様です。まさに情報テロ,そんなものを見たくてその番組を見ているのではありません。
 テレビ局が情報を発信したければデータ放送があります。何のためのdボタンなのでしょう。
 私にとってテレビは暇つぶしの娯楽にすぎません。以前は楽しいものだけを選んであらかじめタイマー録画しておいて早朝に見ていたのですが,今日では多くの番組がインターネットで見られるので,そちらに移行しつつあります。それ以外の時間は,ほぼ,クラシック音楽を楽しみます。
 それに加えて,私がボケ防止でやっているのがラジオによる語学講座ですが,これは英語とドイツ語を聴いています,もう齢なのでまったくモノにはなりませんが,そんなことは私には問題ありません。しかし,いつの日か,片言のドイツ語でも,旅に出かけて役に立つときがまた来るのでしょうか?
 結果として,教養としての学問と芸術と,娯楽としてのフィクション,これが穏やかに生活するための糧となりました。これもまた,そんな楽しみをみつけたら,ムダな出費は一切不要となりました。
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 まあ,いずれにせよ,2021年の私は,行きたいところも欲しいモノも何の予定も計画もないので,気楽に楽しく毎日を過ごすことにしましょう。

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 「このごろ日本国内でこれまで気になっていて行く機会のなかった場所に出かける機会を作っている」と書いていますが,これから20年くらいはまだ旅ができそうなので,ゆっくりと楽しみたいと思っています。そこで,そうした旅をなるべく安価にしようと調べ出したらおもしろくなってきました。
 そこで,今日はそのお話の続きです。

 それにしても安価に旅をしようとすると,どうしてこの国はこんなに不便なのだろうかと思います。JRは高価な新幹線に乗ってくれと言わんばかりです。在来線に乗ろうとする人には,国鉄時代ほどではないにせよ,乗れるものなら乗ってみろと,まるでいじめているかのようなダイヤを組んでいることもあります。
 JRが国鉄という組織だったころ,終着駅に着くとその先の列車が1分前に出発していて,次が1時間後,などというのはざらでした。これこそ,乗れるものなら乗ってみろという意思がありありでした。しかし,そういうダイヤ編成だから乗りたくても乗れないのに,ほとんど人が乗っていないようなところをがらがらの6両編成の列車が走っていたりしていました。
 JRになって効率化が図られてからは,乗客の少ないところは編成が減ったり,あるいは,長距離の路線が減ったりということが起きました。さらに,新幹線が走る区間では在来線が廃止されたりと,逆に不便になりました。テレビ番組の「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」という番組では,バスがないので結局歩く旅になってしまうのですが,新幹線でなく在来線で旅をしようと思ってもまた,その接続に悩みます。
 しかし,時間はあれど金がないという老人にとって,あるいは,私のように,新幹線で旅をしても楽しくないと思っている旅人にとって,これは醜い仕打ちです。こうなったら意地でも新幹線なぞ乗るものか,という気持ちがますます強くなってきました。

 私は,国内で,ぜひ行ってみたいと思うようなところはほとんどありません。以前書いたように,少し前には,行きたかったところは,佐渡島でトキが見たい,徳島で阿波踊りが見たい,それだけでした。
 しかし,このごろ「これまで気になっていて行く機会のなかった場所」に行こうと計画するようになってからは,行ってみようという場所が増えてきました。とりあえず,今,行ってみようと思っているのは,高知県の四万十川付近,山形県の山寺や天童のあたり,青森県の弘前の桜,新潟県の親不知海岸,兵庫県の餘部鉄橋,鹿児島県の種子島と与論島,そして,沖縄県の石垣島です。
 そこで,これから,こうした場所にできる限り安価で行こうというわけなのです。
 しかし,容易には行く方が見つからない。そこで頭を悩ませることになったのです。で,私はどうするか? これから,そうした場所に順に出かけていくので,その旅行記をお楽しみに!

☆ミミミ
1月11日の早朝,薄雲ごしに半影月食が見られました。今日の写真は,月食が起きる前の満月と半影月食を並べたものです。
地球と月は太陽の光を反射して輝いているので,地球にも太陽の光による影があり太陽と反対の方向に伸びています。この地球の影の中を月が通過することによって、月が暗くなったり,欠けたように見えたりする現象が「月食」です。
地球の影には「本影(太陽光がほぼさえぎられた濃い影)」と「半影(本影を取り囲む薄い影)」の2種類あって,月の一部または全部が半影だけに入った状態を「半影食」,月の一部または全部が本影に入った状態を「本影食」といいます。また,「本影食」のなかで,月の一部だけが本影に入り込む現象が「部分食」,月の全てが本影に入り込む現象が「皆既食」です。

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 「精神的な断捨離」についてはすでに書きました。今日は「物質的な断捨離」です。
 歳をとると,モノを買うとか,人と比べるとか,そういったことの価値感がまったくわからなくなってきました。
 買うまでは欲しかったモノでも,一旦買えばそれが家にたまるだけで使うこともあまりない,そんなモノがたくさんあります。私の興味のあるカメラでも,新しいシステムカメラを買ったところでそれを使う時間すらあまりないから,結局,使わず家にため込むだけだということが,これまでの経験で身に染みました。私も昔は欲しいモノだらけでしたが,やっとそういうモノを手に入れても,すぐに新製品が出てきて,また新しいモノが欲しくなることはいつものこと。あるいは,売れ行きがよくないと,ユーザーのことなどお構いなしに,そのメーカーが撤退して裏切られることもいつものことなのです。
 そんなことを思い出すと,結局,衝動的に買いたくなるモノで本当に必要なモノなど,ほとんどないことに気づきます。

 といいながらも,周りを見回すと,ここ何十年も使ったことのないモノやら着たことのない衣服やらがいくらでも出てきます。で,これらを断捨離しようと考えると,今度は逆に,捨ててしまったものに限って,ある日突然必要になったりすることも,また,まれではありません。捨てるときには要らないと思っても,何かの事情でそれが必要になることが少なくないのです。それは,捨てるときには必要がないと思ったモノでも,そのモノを買ったときにはそれが必要だという事情があったからで,捨てるときにはそのことを忘れているだけかもしれないからです。だから,断捨離は難しいのです。
 このごろ,終活とかいって,身の回りを整理することが流行っていたりするのですが,これは時間のムダです。いざ本当に処分しなけらばならないとなれば,お金を出して業者に頼めば,一挙に廃棄などできてしまうのです。だから,生きている貴重な時間をそんなことに費やすのは愚というものかもしれないなあと,親の遺品を整理したときしみじみそう思いました。
 お金を貯めるにはお金を使わなければいい,モノを減らすにははじめからモノを買わなければいい。これが大原則なのです。ということで,すでに買って持っているものは大切に使う,そして,衝動買いはしない。何か新たなものが必要になったときには,すぐにモノを買わずに,身の回りにあって今は必要がないと思っていたモノをまず思い出してそれで代用できないかを考えて,そのモノに活躍を場を与える。それさえ心掛ければ,少ない持ちモノでこころ静かに生きることができることでしょう。
 「精神的な断捨離」ができれば「物質的な断捨離」もできる,そしてまた,「物質的な断捨離」ができれば「精神的な断捨離」もできるわけです。

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 私はこれまで国内外,さまざまなところに出かけてみて,その結果,どういったところが一番こころ落ち着くかを知りました。それは,観光客のあまりいない,そして,自然の多い,さらには星のきれいな場所がもっとも楽しいということです。若いころ,グランドキャニオンに行ったとき,人がどんなレジャー施設を作ろうと,所詮は雄大な自然の魅力には勝てないなあ,と強く感じました。旅行をするたびに,そのことを思い出すのですが,歳をとるとそうした気持ちがますます強くなってきます。
 今はオーバーツーリズムということで,有名な場所はどこも人で一杯です。特に,日本は道路も狭く,人が多いことから,観光地に車で出かけるなどというのは最悪の選択です。時間を気にせず,ほとんど人の乗っていないローカル線に乗ったり,のんひりといなかの駅前のおそばやさんで食事をする,そんなことができるところが少なくなってきましたが,そうしたことができる旅のほうが,どれほど贅沢なことかとしみじみ思います。
 海外の場合も同様ですが,それでも,世界的に有名な観光地や大都市さえ避ければ,人の少ないところがまだ結構あるものです。ガイドブックには載っていない,テレビの旅番組でも取り上げない,ほとんどの日本人は知らないけれど,とてもよい場所がたくさんあるものです。そうしたところで,現地の人とおしゃべりを楽しんだり,カフェに入ったり,レストランでゆっくりと食事をするのは最高です。
 そうした楽しみができる場所をさがして,何の気兼ねもなく旅をしたいと思っているのです。

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 日本国内を旅行しようと計画しても,観光地はどこも混雑しているし,公共交通も混んでいるし,道路は渋滞しているし,しかも,高級旅館は高いし,そうでないところは当たり外れが大きいし,地方では未だに現金しか使えないお店が多いし,となって,私はいつも,こんなことなら外国に行ったほうがいいや,という結論になってしまうのです。考えてみれば,ずっとこんなことだから,日本国内でまだ行ったことがないという場所が決して少なくないことに思い当たりました。
 たまに日本を旅すると,電車の乗り方もよくわからず,宿泊先を探すのにもとまどってしまうくらいなのです。しかも,どこに行っても空き地はゴミだらけだし,潰れたテーマパークや廃墟となった旅館,それに,有名なところはどこも外国人観光客だらけ。これでは行く意欲も湧きません。リゾートやらオートキャンプ場やらと,名前だけは立派な施設がたくさんあっても,所詮,海外のそれとは比較にもなりません。
 しかし,いくら期待していないとはいえ,子供の頃から地名だけはよく知っている場所だから,元気なうちに一度は見ておきたいものだと,このごろ急に考えるようになったので,ならば,なるべく時間とお金をかけないで,できるだけ多くの場所に行ってみようと思うようになりました。
 そこで,今日は,時間とお金を極力かけないで,日本国内を旅する方法についてというお話です。

 はじめに考えるのは交通機関です。直接車で目的地に行くなど,日本の旅の楽しみとしてはまったく論外です。高速道路は渋滞し運転は荒く,一般道路はせまく走るのに難儀します。目的地が観光するのに公共交通では不便なところなら,しかたなく現地でレンタカーを借りればいいのです。近場なら在来線や私鉄などを利用し,少し遠くまで足を延ばすときは夜行バスが一番です。
 私は夜行バスに乗るのを苦にしません。夜行バスなら夜出発すれば翌朝到着するので,時間的にも無駄がありません。それに安いです。夜出かけて早朝に到着し,そこで1日観光して現地で1泊,翌日も1日観光して,行きと同様に夜行バスで帰ることにすれば,まる2日現地で十分に楽しむことができます。つまり,1泊4日でたっぷり2日間観光できる,ということになります。しかし,私の住む愛知県からこうして行くことができる場所は,四国や中国地方,北陸地方,そして,東京近郊で,東北地方となると,まず,東京へ行く必要があります。すべて東京中心,これが日本のだめなところです。また,九州はバスではちょっと遠すぎます。
 とはいえ,ビジネスで使うならともかく,観光で使う交通手段として最も意味がないと思うのは新幹線です。先に書いたように,日本の東京を中心とする交通網では,名古屋から東北に行こうとすれば,ともかく東京へ行かなくてはなりません。東北にバスで行こうとしても,まず,東京へ行かねばならず,これではものすごく手間がかかります。新幹線を使えば,東海道新幹線と東北新幹線や山形新幹線,秋田新幹線と乗り継ぐ必要があるのですが,これがまたものすごく高価であり,かつ,夜行でないのでお昼間に時間がかかります。むしろ,名古屋から直接格安航空を利用したほうがずっと早く,しかも新幹線の半額ほどと安価なのです。
 そうしたわけで,日本国内の移動は,在来線と夜行バス,そして,格安航空,これが交通手段の選択肢となります。

 私は,宿泊地として,大きなホテルや旅館は苦手です。大広間でずらっとならんで朝食のバイキングなどというのはできればご遠慮申し上げたいものですし,たかが国内旅行をするのに,何万円も出す気にもなりません。日本の旅館は,素泊まりなら安いのに,温泉と夕食をつけただけで5倍以上に宿泊代が跳ね上がるというのは,トッピングをすると急に高価になるメシやと同じ商法です。ならば,素泊まりにして現地で日帰り温泉を探し,食事も外で食べたほうがずっと安価に済みますし,むしろ,このほうが現地の人と交流できて楽しいものです。
 そこで,地方の都市で1泊するなら東横イン,ここは朝食が混雑するのが難点ですが,それ以外は無駄がなく安価なので満足できます。そして,田舎であれば,小さな家族経営の民宿のような宿をさがして,そこでゆっくりと滞在するのが最高です。そうしたところだと,うまくいけば,ずいぶんと安価においしい食事つきで宿泊することもできます。しかし,これは当たり外れが多いので,行ってみるまでわかりません。まあ,これこそが行き当たりばったりの旅の醍醐味であると思えば,それなりに楽しいものです。
 今年は,海外に出かける合間に,そんな旅もしてみたいものだと思っているのです。
 それにしても,近年は,京都に奈良,高山,伊勢などの観光地は,どこもかもテーマパークのように改造されてしまい,これでは,まったく旅情もなにもあったものではありません。日本の観光地はどこもディズニーランドです。これこそ,おもてなしというオブラートにつつまれた,本音は金儲けが目的なだけで歴史や文化をリスペクトしていない日本らしい姿ですが,このような場所は「自撮り棒をもって黒いレンズの入ったサングラスをかけやたらと声のでかい」某大国の団体さんにお任せするとして,私は,そうしたこととは無縁の場所を求めるのです。

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Happy New Year 2020
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 新しい年になりました。
 2019年は,なかなか楽しい年でした。それとともに,いろんな人と不思議な関わりのたくさんあった年でもありました。海外では,新たにまたいろんなところへ出かけて,さまざまなことを経験しました。国内も,長年行きたかったのに行く機会がかなったところに数多く行くことができました。1年前は「人恋しい病」にかかっていたのですが,それも全快し,それとともに新たな境地になったりと,精神的にとても落ち着いた年になりました。さらに,世界の歴史を調べたり,いろんな国の言葉を覚えたりと,そうした時間がもてるようになってきました。それとともに,海外に出かけても,より深くその国の文化がわかるようになってきました。
 常日頃,水が流れるように毎日を過ごそうと心がけけているのですが,そんな心がけをしなくても,自然に毎日を過ごせるようになってきました。それはまさに「精神的な断捨離」がうまくいったからでしょう。

 さて,この新しい年。今年もまた,いろんな新しい計画を立てて,実際にそれを実現したいものだと思っています。そしてまた,私は,これまで以上に精神的に楽しい年になったらいいなあ,と思っています。それは,美しい音楽を聴いたり,静かな場所でゆったりと本を読んだり,おいしいものを食べたり,気持ちのよい場所に出かけたりといった時間が過ごせたらいいなあ,ということです。
 人がこれまでに築いてきた文化や芸術は本当に奥が深く,知れば知るほどおもしろくなってきます。そうした楽しみを少しでも多く味わいたいものです。人は結局,物質ではなく精神的な幸福を求めて生きているのです。

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