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今日2024年1月13日と翌日の1月14日は大学入学共通テストだそうです。
今年は,元日から大きな地震があって,被災した地方の受験生は気の毒です。このような状況で,全国の高校生を一律に点数を比べるのはどうかと思いますが,このことに限らず,私は,日本各地を旅してみて,様々なことが全国一律に課せられていることに,疑問をもつようになりました。受験の場合でも,東京に比べて離島などに住む高校生は,受験会場に行くだけでも大変だし,学習環境が違い過ぎて,そのハンディが大きいのです。
首都だけが発展している国は独裁国家と発展途上国の特徴だと聞いたことがあります。
さて,ここからが今日の話題です。
来年度の大学入学共通テストから,「情報」という教科も必須科目として課せられることになったようです。そこで,これまでは冷遇され,相手にもされていなかった「情報」という教科がにわかに話題となり,「情報」ではプログラムを学習しているから,これを身につける必要があるということで,受験産業はこれもまたビジネスチャンスだとばかりにプログラム塾を作ったり,また,コピュータに疎い親たちはパニックになったりしました。
「情報」ではどんな問題が出題されるのか調べてみると,「情報」の大学入学共通テストの試行問題というものがネット上にあることを知りました。そして,私がそこで知ったのが「DNCL」なるものの存在でした。
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「DNCL」とは,大学入学共通テストの問題で出題されるアルゴリ ズムを記述するために考案された仮想言語です,仕様や構文がシンプルで,C言語などを理解している生徒はプログラムを読めるように設計されています。「DNCL」は動的型つけ言語で,変数には型がありません。
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だそうです。
コンピュータ言語といってもいろいろあるから,どれかの言語に特化してしまうとハンディができるので,大学入学共通テストのみで通用する独自のコンピュータ言語を考案したというわけです。
「DNCL」とは「大学入試センターランゲージ」の頭文字なのです。
しかし,「DNCL」では,実際のコンピュータは動きません。他の言語を知っていれば大丈夫というふれこみで,実際,確かにそうなのですが,プログラミングの得意な生徒ならともかく,不得手な生徒にそのような理想的な考えは通用しません。
そこで,テストで点数を取るためだけに,「DNCL」の特訓が企てられるのです。高等学校で使用する「情報」の問題集にはすでに「DNCL準拠」と書かれてあるし,予備校では「DNCL」がコンピュータ上で動くコンパイラが開発されるし,高等学校では「DNCL」を意識した受験英語ならぬ,受験プログラミング指導がはじまるのです。
それは,どういうことかというと,たとえば,外国語という入試科目において,世界には様々な言語があるから,何かひとつの言語に特化していしまうと他の言語を学んだ人が不利になるから「大学入試センター外国語」を作っちゃえ,というようなものと同じです。
英語の試験に資格試験を導入しようとして頓挫したように,数学の試験に記述問題を導入しようとして失敗したように,一体全体,この国は,いつも,何がしたいのでしょう? 結局は,受験産業の金儲けに利用されているだけで,犠牲者はいつも受験生です。
現在,受験英語とか受験数学と揶揄されてはいても,一応は役に立ちます。しかし,「DNCL」はそうではありません。プログラミングをマスターした生徒は「DNCL」が理解できても,「DNCL」をマスターした生徒はプログラミングができません。紙の鍵盤でいくら練習してもピアノが弾けるようにはならないのと同じです。
これでまた,受験英語とか受験数学に加え,受験情報という教科が誕生したことになります。コンピュータ嫌いが加速することでしょう。
今や,AGIの発達とChatGPTの時代。学校教育では,これらの使用や指導を禁止するのではなく,これらを有効に使えるようにしなければ,社会に出てから役に立ちません。
「情報」という教科でそんな使えもしない言語をごちゃごちゃ指導しているくらいなら,将来,コンピュータを仕事で使う必要のある若者は,Pythonひとつきちんとマスターするほうがずっと有益でしょう。しかし,車の運転ができないと困るといっても,ミッション車で車の運手ができなければならない必要はない,というのと同じで,すべての高校生がコンピュータプログラミングができるようにと課す必要が果たしてあるのか,ということが先に議論されるべきでしょう。「情報」で何を教えるのか,技術の発達の方が早すぎて,すでに迷走状態に入っています。
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以下は,大学入学共通テスト試行問題で出題されたプログラミング問題とそれにかかわる「DNCL」,そして,最後に,私が「DNCL」をVBAとPythonで書き直したものです。
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「しない・させない・させられない」とは
「Dans la vie on ne regrette que ce qu'on n'a pas fait.」とは